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コラム
多様性(ダイバーシティ)とは、ある集団において人種/民族や国籍、性別、性的指向、障がいの有無、年齢、宗教、価値観など、多様な属性を持つ人が共存することです。ビジネスにおいてはキャリアや経験、職種・職歴、働き方などでも多様性の概念が用いられ、多様な人材・能力を活かす「ダイバーシティ経営」も注目されています 1)。
本コラムでは、組織における多様性を実現するための「エポケー(判断保留)」についてご紹介したいと思います。
目次
多様性は組織にプラスの効果をもたらす
組織において多様性を実現するための思考のステップ
1.無意識のバイアスに気づく
2.エポケー(判断保留)する
3.マインドフルネスを活用する
悪い習慣を断ち切り、真の多様性を実現しよう
多様性は組織にプラスの効果をもたらす
組織における多様性については近年研究が進み、そのメリットとデメリットが明らかになりつつあります。多様性のある組織はチーム内の衝突が起こりやすいものの、創造的で優れたアイデアを出すことができます。逆に同質性の高い組織ではコミュニケーションは円滑ですが、自分たちのパフォーマンスを客観的に評価できず、革新的なアイデアも生まれにくいことがわかっています 2)。
さまざまな属性の人をただ雇用するだけの形式的な多様性では、期待した効果は得られません。多様性によるメリットを最大化し、デメリットを最小化するためには、心理的安全性が確保された場が必要です。実際、従業員から「安心できる環境だ」と評価された職場のうち、業績が最もよいのは多様性が高い職場だったとする報告もなされており、多様性とビジネスの成果を繋げる鍵は「多様性を活かすために心を開いて学べる環境」だと考えられています 3)。組織のメンバーがそれぞれの違いを重要なリソースと捉え、自分と異なる人から何かを学ぼうとするとき、意見の対立は成長のチャンスとなるのです。
組織において多様性を実現するための思考のステップ
1.無意識のバイアスに気づく
組織の多様性を実現するうえで、自身が持っている「無意識のバイアス」に気づくことは重要な一歩です。ほとんどの人は、自分と違う属性の誰かに対して「不平等な扱いをしてやろう」と考えて接するわけではありません。たとえ悪意がなくても、公平に接しているつもりでも、受け取る側にとっては差別的な言動になりえます。これは、私たちが他者と向き合うときに固定観念や偏見、ステレオタイプなどに無意識で依存しているためです。たとえば「女性だから細やかな気配りができる」、「取引先の担当者が20代だから不安」、「育児中だから大きなプロジェクトは任せないほうがいい」、「外国で育った人は日本の企業文化に合わない」などの考えは、すべて無意識のバイアスによるものです。
ステレオタイプや偏見は外部環境から刷り込まれるイメージの蓄積であり、自分の意思で退けることができません。私たちを取り巻く社会にステレオタイプや偏見が残っている限り、無意識のバイアスはなくならず、絶えず強化され続けます 2)。だからこそ誰もが無意識のバイアスを持っていることを自覚し、日々の言動で表面化しないように注意を払い続けることが重要です。
2.エポケー(判断保留)する
人の思考には注意と努力を要する「遅い思考」と、直感的で自動的な「速い思考」があります 4)。たとえば慣れない英語を話すとき、知らない土地で電車を乗り換えるとき、私たちは遅い思考を働かせています。逆に気を許した仲間内で話すとき、毎日通る道を帰宅するときなどは速い思考が優位になります。ステレオタイプや偏見は爪を噛む癖のようなもので、速い思考モードでうっかり顔を出すことがあります(悪い習慣が定着する脳の仕組みについては「悪い習慣はなぜ変えられないのか?〜頑固な脳の仕組みを理解し、悪い習慣から抜け出そう〜」もご参照ください)。
私たちの日々の言動は、外界からの刺激と結びついています。自分と違う属性の誰かと接すると反射的に不安や動揺を覚え、速い思考モードで無意識のバイアスを作動させて自己防御しようとします。この一連の反応は習慣化・自動化されてセットになっているため、途中で止めることができません。とっさに出てしまったひと言を後から思い返し、「どうしてあんな発言をしてしまったんだろう」と後悔するのはこのためです。
速い思考で起こるネガティブな反応セットを断ち切るには、「エポケー」が有効です。エポケーはギリシャ語で「判断保留」という意味で、何かについて判断を下すことをいったん保留する精神状態を指します。言い換えると、自分が客観的事実だと考えているもの・ことを、いったん括弧に入れて保留してみよう、ということです 5)。判断保留の対義語は「早すぎる判断」、「偏見」であることから 6)、エポケーは無意識のバイアスを抑え込む対抗手段となりえます。
では、具体的にどうすればエポケーできるのでしょうか?
3.マインドフルネスを活用する
エポケーを実践する鍵は、マインドフルネスの活用にあると考えられています。善悪の判断を保留し、自分の内と外で今この瞬間に起こっていることに集中し、ボディスキャンや意識的な呼吸法を通じて自分の習慣的な反応に気づこうとするのがマインドフルネスです 2)(マインドフルネスについては「新時代のリーダーが備えるべきセルフ・コンパッションとは?」もご参照ください)。エポケーとマインドフルネスは非常によく似ており、前者が概念、後者が手段と考えると理解しやすいかもしれません。
エポケー/マインドフルネスの実践により、「速い思考」で起こるネガティブな反応セットが解きほぐされ、個別の反応として順を追えるようになります(図)。実際、無意識のバイアスに対するマインドフルネスの有効性を検討した研究では、マインドフルネスを取り入れると人種や年齢に関する無意識のバイアスが減少すること、自動的な反応セットが解除されることなどが明らかになっています 7)。
悪い習慣を断ち切り、真の多様性を実現しよう
他者と接するとき、いちいちエポケーを意識せず、世の中の固定観念やステレオタイプに頼って判断するほうが便利で楽なのは間違いありません。そもそも人間の脳はたくさんあるものやバラバラのものを認識することが大の苦手で、多様なものをできるだけ揃え、分類し、均一化しようとします 8)。しかし何もかもがダイナミックに変化するVUCAの時代を迎えた今、自分の見ている世界が誰からも同じように見えている、と思い込むことには大きなリスクが伴います。
自分自身の無意識のバイアスに気づき、エポケー/マインドフルネスを取り入れるだけでなく、チーム内や社内のメンバーが互いの無意識のバイアスに気付き合う体制づくりも重要です。すでにブラインド採用や意思決定の手順の仕組み化を進めている企業もあり、無意識のバイアスが入り込む余地を物理的に減らす取り組みも期待できます。組織や社会の多様性を実現するために、何よりもお互いのために、目の前の相手をラベリングする便利さを手放し、エポケーを始めてみてはいかがでしょうか。
参考文献:
1)経済産業省:ダイバーシティ 2.0 行動ガイドライン(平成29年3月発行/平成30年6月改定)[https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/data/pdf/20180608001_3.pdf]
2)ジェシカ・ノーデル 『無意識のバイアスを克服する 個人・組織・社会を変えるアプローチ』 河出書房新社、2023年
3)Robin J. Ely, David A: Thomas. Diversity And Inclusion; Getting Serious About Diversity: Enough Already with the Business Case. It’s time for a new way of thinking. Harvard Business Review. 2020 November; 98(6). [https://hbr.org/2020/11/getting-serious-about-diversity-enough-already-with-the-business-case]
4)ダニエル・カーネマン 『ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?』 ハヤカワノンフィクション、2014年
5)山口周 『武器になる哲学 人生を生き抜くための哲学・思想のキーコンセプト50』 KADOKAWA、2018年
6)Wikipedia:Suspension of judgment [https://en.wikipedia.org/wiki/Suspension_of_judgment]
7)Rhonda Magee. The Way of ColorInsight: Understanding Race and Law Effectively Through Mindful- ness-Based ColorInsight Practice. Univ. of San Francisco Law Research Paper no. 2015–19, 2016. 1–52.
8)稲垣栄作 『はずれ者が進化をつくる 生き物をめぐる個性の秘密』 筑摩書房、2020年
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