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「悪い習慣はなぜ変えられないのか?~頑固な脳の仕組みを理解し、悪い習慣から抜け出そう〜」

 スマホ依存、アルコール、ゲーム、ジャンクフード、煙草、ネガティブ思考、問題の先送り――。
 社会にはやめたくてもやめられない悪い習慣が溢れています。SNSをチェックする時間を減らしたい、飲み過ぎや煙草をやめたいと心から願って努力しても、自分に悪影響をもたらす行動・思考を変えることは容易ではありません。
 悪い習慣はなぜ変えられないのでしょうか?そもそも「習慣を変える」ことは本当に可能なのでしょうか?こうした問いに対して、脳神経科学や学習心理学、社会科学などの複数の領域から少しずつ答えが集まりつつあります。

目次

 習慣がかえられない5つの理由
 どうすれば悪い習慣を変えられる?
 新しい時代の行動変容に向けて

習慣が変えられない5つの理由(表1)

表1

 習慣は脳が作る行動の自動化システム

私たちの生活を構成する行動や思考には、毎日反復されるルーチンが数多く存在します。たとえば家を出る際に鍵をかける行動は、ほぼ変化せずに日々繰り返し行われます。鍵穴の位置が毎回移動したり、差し込んだ鍵を回す方向がランダムだったり、日替わりのパスワード入力が必要だったりした場合、私たちは鍵をかけるたびに脳を働かせて判断するでしょう。ところが実際の鍵穴は壊れない限り、ほぼ変化しません。最初は意識して鍵をかけていても、鍵穴に鍵を差し込み、決まった方向へ回し、ポケットにしまう一連の動作はいつのまにか無意識の行動になっているはずです。私たちの脳は決まりきった行動をその都度判断する労力を省くために、自動化して習慣を形成します。
 心理学の研究では、こうした無意識の習慣が1日の作業量のうち平均43%を占めることがわかっています。多くの習慣は生活効率を高め、私たちに利益をもたらす良い習慣です。もし日常の約半分を構成する習慣が簡単に変えられるものだったら、私たちの日常生活は立ち行かなくなるでしょう。習慣はその良し悪しにかかわらず、一度形成されれば強固に持続し、簡単には変えられないようにできているのです。


 強い意志を持ち、自制心を鍛えても悪い習慣は変えられない

誰しも「悪い習慣が変えられないのは自分の意志が弱くて自制心が足りないからだ」と落ち込んだ経験があるのではないでしょうか。ところが近年、脳科学的に「強い意志」や「自制心」では習慣を変えられないことがわかってきました。脳において意志や自制心を司る認知の回路と、習慣を司る運動の回路は異なる場所にあるため、いったん習慣として形成された行動は意志や自制心の干渉を受けにくくなります。私たちが強い意志を持ち、自制心を鍛えても、習慣を継続しようとする脳の仕組みには勝てないのです。


すべてのトリガーを排除することは難しい

習慣は特定の刺激(トリガー)に対して自動的かつ無意識に起動します。たとえば喫煙者は、販売機や喫煙所といった直接的なトリガーがなくても、コーヒーの香りを嗅いだり、仕事のストレスを感じたりすると、無意識にポケットを探って煙草を取り出してしまいます。

トリガーから気をそらせることも容易ではありません。ある刺激に対して選択的に注意を向けてしまう「注意バイアス」が働くためです。スマホ依存の人が「アプリの通知を1週間チェックしない」と決意し、自分のスマホの通知設定をすべてオフにしたとします。スマホに依存していない人なら気にもとめないような他人のスマホの通知音・振動に注意が引きつけられ、自分のスマホアプリの通知を無意識にチェックしてしまうのです。
 私たちは一般的に、衝動を我慢できる人=意志や自制心が強い人と考えがちです。しかし近年の研究により、自制心が強い人は衝動を抑え込む能力が高いのではなく、「自制心を働かせる必要がある状況」の回避能力が高いことがわかってきました。とはいえ、現代社会には人類が進化の過程で経験してこなかったレベルの刺激が溢れています。悪い習慣をやめるために、「自制心を働かせる必要がある状況」を賢く回避できる人はほんの一握りではないでしょうか。


習慣はいったん起動すると中断できない

習慣の形成には、脳の奥深くにある神経細胞の集まり(大脳基底核)が関わっています。大脳基底核は新しい習慣を形成する際に、たとえば鍵穴に鍵を差し込み、決まった方向へ回し、ポケットにしまう、といった一連の行動をブックエンドのように区切り、ひとまとまりにする「行動の一括化」を行います。つまり、一連の行動がいったん起動すると脳は途中でやめられず、ドミノ倒しのように自動的に最後までその行動をやり切ってしまうのです。


悪い習慣を良い習慣で上書きすることは難しい

悪い習慣を変えるためには良い習慣で上書きすればいい、とよく言われます。しかし、暴飲暴食やSNS依存などの悪い習慣はすぐに形成・定着してしまうのに対し、ダイエットや読書といった良い習慣の形成には時間がかかります。これは、それぞれの行動によって得られる楽しさ=報酬を受け取るまでの時間が大きく異なるためです。良い習慣がアリ(遅延型報酬)なら、悪い習慣はキリギリス(即時型報酬)と考えるとわかりやすいかもしれません。
 また、悪い習慣を新しい習慣で置き換えられたとしても、脳は悪い習慣が出てこないように抑え込んでいるだけで、忘れたわけではありません。長期にわたって行動を抑制する脳の機能はとても脆く、ストレスや集中を妨げるものがあると簡単にもとの習慣に戻ってしまいます。



どうすれば悪い習慣を変えられる

では、私たちは悪い習慣をやめられないままなのでしょうか?習慣の特徴として、以下の3点がわかっています。

 ①  特定の刺激(トリガー)によって自動的かつ無意識に起動する
 ②  いったん起動すると中断できず、最後まで実行される
 ③  非常に強固な持続性を持つ

 この3点に対してアプローチすることで、悪い習慣を変える糸口がみつかりそうです(表2)

表2


環境を設定する

「すべてのトリガーを排除することは難しい」。この事実は残念ですが、環境をよく観察して悪い習慣のトリガーをすべて特定し、理解を深めるだけでも大きな一歩となります。極論すると引っ越しや転職、断捨離などで環境全体を変えることが効果的ですが、まずは環境から取り除けそうなトリガーをリスト化し、1つひとつ遠ざけることから始めてみましょう。「自制心を働かせる必要がある状況」を環境から減らしていくのです。


ルールを作る

人間の脳は無駄なエネルギーを使うことを極端に嫌います。意思決定は非常にエネルギー消費が大きいアクションですので、誘惑や衝動に直面するたびに意思決定していると脳は悪い習慣に戻ろうとします。意思決定せずにすむよう、「イフゼン(if then)プランニング」のようなシンプルなルールを設けると効果的です。
 イフゼンプランニングは、「if(もしXなら)then(Yを実行する)」というルールで計画を立てる手法です。このとき、想定される誘惑にどう対処するかを詳細に計画することが重要です。ダイエットなら、「誰かに甘いものを勧められても断る」ではなく、「甘いもの好きの友達がお菓子をくれたら、まず感謝してからダイエット中だと伝え、自分の健康にとってダイエットがいかに重要かを共有し、応援してほしいとお願いする」までを計画します。人間の脳は自らの意思決定よりも「XならYを実行する」という指示に優先的に従うようにできているため、イフゼンプランニングは非常に理にかなっています。
 また、行動経済学でよく目にする「コミットメントデバイス」も有効です。目標のために自分の自由を奪う仕組みで、これも1つのルール作りです。なかでも「禁煙できなかったら●●円寄付する」と周囲に宣言する、キャッシュ・コミットメントデバイスの効果が高いとされています。


モニタリングする

計画の進捗を注意深くモニタリングし、うまくいかない場合は修正することも重要です。ダイエットであれば、努力のフィードバックとして体重を毎日記録することで約2倍の体重減少効果が得られることがわかっています。また、進捗状況を正確に把握してくれる人やシステムをつくるとよいでしょう。悪い習慣をやめる場合、また運動などの時間がかかる新しい習慣を形成する場合、相互に監視するだけでなく、支え合う仲間の存在が有効とされているためです。


新しい時代の行動変容に向けて

社会システムの変化には、個人の行動変容が欠かせません。健康問題や地球温暖化問題への対応が求められる今、人の習慣をよりよく変化させる方法へのニーズも高まっています。ただ残念なことに、現時点で悪い習慣を変える有効な介入法はきわめて限られています。光遺伝学による光刺激や脳の特定部位に作用する薬剤などを応用し、悪い習慣を自発的な行動に引き戻すようなアプローチも期待されていますが、実現するのはおそらく何十年か先の未来でしょう。

 今私たちにできることは脳の仕組みと習慣のなりたちを理解し、自分を罰したり開き直ったりせず、悪い習慣から抜け出す第一歩を踏み出すことです。また、その良し悪しにかかわらず習慣は無意識に実行されるため、自分自身で習慣だと気づけていない場合もあります。特に「ネガティブ思考」や「問題の先送り」などの思考習慣は目立ちにくく、本人も「自分の性格だから」と諦めてしまいがち。同僚や部下の悪い習慣に気づき、指摘する際にはぜひ本コラム内容を参考にしていただきたいと思います。

参考文献:
ラッセル・A・ポルドラック著/神谷之康監訳/児島修訳 『習慣と脳の科学 どうしても変えられないのはどうしてか』 みすず書房、2023
ニューズウィーク日本版3/14 『特集 悪習慣の科学』株式会社CCCメディアハウス、2023

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