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不確実な時代に必要なネガティブ・ケイパビリティとは

「変動的(Volatile)」で、「不確実(Uncertain)」で、「複雑(Complex)」で、「曖昧(Ambiguous)」なVUCAの時代において、これまでの方法論では解決できない問題が増えています。その一方で、コストパフォーマンス(コスパ)やタイムパフォーマンス(タイパ)が重視され、わかりやすさや簡明さを求める風潮は強まるばかりです。
 立ち止まること、考え直すこと、後戻りすることの余地が急速に失われつつある今、私たちには不確かさや曖昧さを受け入れて答えを急がない能力、「ネガティブ・ケイパビリティ(negative capability)」が必要なのかもしれません。ネガティブ・ケイパビリティの概念は19世紀のイギリスの詩人ジョン・キーツが「どうにも答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える能力」として見出しました。その後、20世紀に精神分析医のウィルフレッド・R・ビオンによって再発見され、日本では2017年に精神科医で小説家の帚木蓬生(ははきぎほうせい)氏がその著書で紹介したことで広く知られるようになりました1)

目次

・私たちの脳はわかりたがっている
・従来の教育はポジティブ・ケイパビリティを育むもの
・VUCAの時代にこそネガティブ・ケイパビリティを身につけよう

私たちの脳はわかりたがっている

ネガティブ・ケイパビリティは、安易な答えに飛びついたり、中途半端な知識で合理化しようとしたり、既存の答えに頼って思考停止したりすることなく、不確実で曖昧な状態を受け入れ、その状態にとどまる能力です。  ただ、実際の生活でネガティブ・ケイパビリティを実践するのは容易ではありません。なぜなら「わからない」を前にしたとき、脳はなんとかしてわかろうとするからです。脳は不確実性を排除するため、これまで身につけた知識や枠組みを総動員し、「わからない」に意味づけをして「わかる」の箱へ入れようとします。これは生物としての脳の傾向性ですので、そう簡単には変えられません。私たちの脳にとって、「わからない」に耐えることはストレスなのです。逆に、脳から「わかった」という信号が出ると、心に快感や落ち着きが生まれることがわかっています2)

  ネガティブ・ケイパビリティに対比される概念として「ポジティブ・ケイパビリティ(positive capability)」があります。ポジティブ・ケイパビリティは問題が生じたときに的確かつ迅速に対処する能力、すなわち「わからない」を「わかる」に直線的に落とし込む能力です。ポジティブ・ケイパビリティ自体は非常に有用で、私たちが生きていくうえで欠かせません。しかし、ポジティブ・ケイパビリティだけを重視しているとさまざまな問題が生じます。
 たとえばマニュアルは、ポジティブ・ケイパビリティにうまく合致するように作られています。業務やイレギュラーへの対応など、マニュアルで想定されている事象すべてに対処できるため非常に便利です。ところが、マニュアルで想定されていない事態が起こると脳は思考停止に陥ってしまいます。これには脳の傾向性だけでなく、私たちが「わからない」を「わかる」にするための教育を受けてきたことが影響していると考えられます。

従来の教育はポジティブ・ケイパビリティを育むもの

学校のテスト、受験、入社試験などのあらゆるテストにおいて、私たちは短期的な問題解決能力を試されてきました。一部の記述問題を除いて、テストでは「答えのない問い」は出題されません。問題の解決能力を評価するテストでは、問題設定それ自体が現実の複雑さを踏まえていなかったり、正解ありきの問い方に終始してしまったりします。こうしたテストで正解を出すことに習熟しても、ひとたび社会に出て解決法や処理法がまだ存在しない問題や状況に遭遇すると、手も足も出ない可能性があります。それどころか、安易で間違った解決策に飛びついてしまうかもしれません。

   こうした教育のあり方を問題視し、文部科学省は大学教育で「答えのない問い」に向き合うことの重要性について、約10年前に声明を出しました3)。また、世界の複雑さを理解し、対処できる生徒を育成する「国際バカロレア」のディプロマ・プログラムでは、クリティカル・シンキングに取り組む「知の理論」、自身で課題を見つけてリサーチし、記述力や創造性を育む「課題論文」などをコア科目としています4)。2022年春から高校の新科目として「総合的な探究の時間」が導入された日本においても、国際バカロレア認定校を増やしていこうとする動きがあります。これらの教育領域での取り組みは、「答えのない問い」に向き合える人材を育成するためのものといえるでしょう。

 現在のビジネス環境でも、目まぐるしく変化する経営環境に柔軟かつ迅速に適応し、中長期的にビジネスを展開できる次世代リーダーの育成が喫緊の課題となっています。「答えのない問い」とじっくり向き合い、焦らずに自分なりの答えを出して新たな戦略プランやビジネスモデルを創造・実践すること、多面的な視点から組織を導き、成果を最大化することは次世代リーダーの重要な資質といえるでしょう。
 その一方で、IT化の進展やAIチャットボットの登場によって自身の頭で考えようとしなくなり、与えられた「答えらしきもの」に飛びついてしまう傾向が強まっているのも事実です。こうした時代だからこそ、ネガティブ・ケイパビリティとは何か、どのようにすれば身につくのかを考える必要がありそうです。


VUCAの時代にこそネガティブ・ケイパビリティを身につけよう

精神分析医のビオンは、ネガティブ・ケイパビリティを身につけるためには記憶・理解・欲望を捨てる必要があると述べました。記憶・欲望はともかく、理解まで捨ててしまってよいのでしょうか?
 理解には、「浅い理解」と「深い理解」があります。浅い理解でとどまりやすいのは、小さな理解を積み重ねて全体を理解しようとする「重ね合わせ的理解」です。曖昧さに耐えられず、既存の理解の枠に当てはめて判断を急ぐと、浅い理解にしか辿り着けません(図)。これに対して、深い理解とは「発見的理解」であり、問題解決を急がず、自分なりの課題設定のもとで仮説を立て、不断の検証を重ね、洞察と熟慮を続けることで立ち現れてくるものです。これには自分が蓄積してきた記憶や理解、思い込みを一度ゼロにし、「真の問題点」を発見し、思いつきやその場しのぎの対症療法ではない課題を設定して、問題解決に繋げることが重要です。これは「ゼロベース思考」にも通ずる考え方ではないでしょうか。

 ポジティブ・ケイパビリティとネガティブ・ケイパビリティをバランスよく働かせることで、私たちは既存の問題に対して迅速に対処しながら、社会の変化がもたらす問題に対して新たな視点や創造的な解決策を生み出すことができるはずです。立ちはだかる問題にうまく対処できるのがネガティブ・ケイパビリティか、ポジティブ・ケイパビリティかを見分ける能力も、今後求められていくかもしれません。

 ポジティブ・ケイパビリティ最優先モードで生きてきた私たちにとって、ネガティブ・ケイパビリティを身につけることは容易ではありません。まずは答えを急がず、不確定で曖昧な状態を受容し、好奇心とともに楽しみながら疑問を持ち続けることから始めてみましょう。そして何より、ネガティブ・ケイパビリティはVUCAの時代に必要な新しい能力だと認識することが重要です。


参考文献:
1)帚木蓬生 『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』 朝日新聞出版社、2017年
2)山鳥重 『「わかる」とはどういうことかー認識の脳科学』 筑摩書房、2002年
3)文部科学省 中央教育審議会大学分科会大学教育部会審議まとめ 「予測困難な時代において生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ」(平成24年3月26日).[https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/daigakukyou/ __icsFiles/afieldfile/2012/05/29/1319974_01.pdf]
4)文部科学省IB教育推進コンソーシアム.[https://ibconsortium.mext.go.jp/about-ib/dp/]

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