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コラム
五感を使ってチームワークを強化しよう!〜脳科学で学ぶチームビルディング〜
コロナ禍でリモートワークの導入が進み、多くの企業がその利便性の恩恵を受けたことと思います。しかしリモートワークの導入により対面でのコミュニケーション機会が減少し、「チームワークや人間関係が希薄になった」という声を聞くことも少なくありません。ポストコロナの時代、職場のコミュニケーション促進やチームワークの強化、エンゲージメントの向上などが重要な課題となっています。
個々の力を活かし、互いを信頼できるチームや組織を作るにはどうすればよいのでしょうか?
まずは、なぜコロナ禍で人間関係が希薄になったのかを考えてみましょう。
目次
「触覚」・「嗅覚」・「味覚」を共有する経験の大切さ
五感を使った経験は記憶に残りやすい
協働作業は「前頭前野」を効率的に活性化する
「前頭前野」の活性化には心理的安全性が必要
「触覚」・「嗅覚」・「味覚」を共有する経験の大切さ
五感のなかで、私たちに最もリアリティをもたらすのは「視覚」と「聴覚」だといわれています。「視覚」と「聴覚」は五感のなかでも情報伝達や共有に適した感覚であるため、身体的距離が離れていても「視覚」と「聴覚」でつながることができるデバイスや装置が開発されてきました。リモートワークで用いられるTeamsやZoom、Slackなどはすべて「視覚」と「聴覚」に限定したコミュニケーションツールといえるでしょう。
五感のうち、「触覚」・「嗅覚」・「味覚」はリモートワークの画面越しでは伝えることができない感覚です。たとえばコーヒーの匂いをその場にいない他人と共有したいとき、私たちは言葉に頼ります。それでも言葉に変換された情報を鼻で直接嗅ぐことはできません。「触覚」・「嗅覚」・「味覚」の情報は、文字で読む(視覚)か、耳で聞く(聴覚)作業を通してしか受け取ることができないのです。
このように「触覚」・「嗅覚」・「味覚」は他人と共有することが難しい感覚ですが、「触覚」・「嗅覚」・「味覚」を使う経験こそがチームワークにおいて重要であることがわかっています。学生時代にクラブ活動やサークル合宿などで寝食をともにし、一緒に身体を動かすことで仲間との絆がより深まった経験はないでしょうか。コロナ禍で顕著になった人間関係の希薄化は、人が集まって「触覚」・「嗅覚」・「味覚」を使う経験ができなくなったことが要因の1つと考えられます1)。
五感を使った経験は記憶に残りやすい
人間が持っている五感のうち、最も記憶に残りやすいのは「嗅覚」であることが知られています。たとえば、ある匂いがそれに結びつく記憶や感情を呼び起こす現象には、「プルースト効果」という呼称があります。マルセル・プルーストの小説『失われた時を求めて』で、主人公が紅茶に浸したマドレーヌの匂いで幼少期の記憶を鮮明に思い出す描写から名付けられました。嗅覚は脳において感情を整理したり、やりがいを感じたりする「大脳辺縁系」に直接繋がっているため、感情に紐づく記憶として残りやすいと考えられています。
「いつ、どこで、何をした」のような個人が経験した1回きりの出来事に関する記憶を「エピソード記憶」といいます。
「エピソード記憶」の特徴は、出来事を経験したときのさまざまな付随情報、すなわち周囲の音や匂い、誰かと肩が触れ合ったこと、その時に感じた感情などがまとめてパッケージングされている点です2)。つまり「嗅覚」による「プルースト効果」に限らず、五感は「エピソード記憶」を呼び起こすための非常に強力な手がかりといえます。
たとえば「協働」という言葉の意味を知りたいとき、スマートフォンで検索すれば即座に「同じ目的のために、対等の立場で協力して共に働くこと」というおおよその意味を知ることができます。この情報は一時的に脳に保管されますが、「視覚」のみの情報であるため繰り返し使わないといずれ記憶から消えてしまいます。一方、五感を使って「協働」そのものを経験すると、「エピソード記憶」として脳に刻まれます。経験にもとづいて獲得された言葉は強く記憶に残るだけでなく、応用可能な知識として身につくと考えられます。
協働作業は「前頭前野」を効率的に活性化する
五感を使ったコミュニケーションが不足することで職場の活性化が妨げられる時代に、イノベーションに成功している企業は「知り合う状態」「学び合う状態」「賞賛し合う状態」を生み出すための仕掛けや仕組みを作っていることがわかっています3)。こうした仕掛けや仕組みの1つとして、近年注目されているのが「料理」です。
五感を刺激しながらコミュニケーションを深めるなら、ランチミーティングをしたり、社内のカフェスペースで打ち合わせをしたりすればよいのでは、と思われるかもしれません。しかし、みんなで料理を行うと匂いや味、具材を刻む感覚などの五感をメンバーと共有できるだけでなく、調理の手順を通じて脳の「前頭前野」が活性化されることがわかっています。
脳の「前頭前野」は、記憶や感情のコントロール、行動の抑制、計画などのほか、他者への共感などを司る領域です4)。言い換えると「前頭前野」は学びや創造性、チームワークなどの「人間らしさ」を担う脳の中枢であり、20代半ばまで成長を続けるとされています。光トポグラフィという脳の活動を可視化する技術で料理中の脳活動を計測した研究では、料理を作っている間は脳の広範囲が活発になり、なかでも「前頭前野」が強く活性化していることが明らかになりました5)。さらに本研究では、複数人で協働して料理を行うと1人で調理するよりも「前頭前野」が強く活性化することが報告されています。
料理の工程には、企画・個々の特性の把握・役割分担・段取りと指揮・実行・協調性の醸成など、職場のチームで仕事を行うために必要な要素が詰まっています。料理のような協働作業は、
チームビルディングを促す効果的な仕掛けといえるでしょう。
「前頭前野」の活性化には心理的安全性が必要
実は、「前頭前野」はコミュニケーションの場面においても重要な役割を果たしています。「前頭前野」は対面であれば強く活性化するのに対し、リモートでのコミュニケーションツールを用いた対話では活性化しないことがわかっています6)。強いチームを形成するためには、同じゴールに向かって対面のコミュニケーションを行いながら、五感を共有する体験を通じて「知り合う」「学び合う」「賞賛し合う」ことが重要になると考えられます。
職場で個々の能力を引き出すためには心理的安全性の確保が重要であることが知られていますが、そのためには否定されないチーム作りが不可欠です。脳神経科学の研究では、心理的安全性が保たれていると「前頭前野」が活性化し、不安や恐れを抱くと「前頭前野」の活性が低下することがわかっています。料理や食事の場をともにすることは、心理的安全性を高める効果的な方法でもあるのです。
五感を共有する協働作業によって「前頭前野」を活性化し、心理的安全性を高める効果的なチームビルディングを始めてみてはいかがでしょうか。
参考文献
1)山極壽一 『共感革命 社交する人類の進化と未来』 河出書房新社、2023年
2)脳科学辞典.エピソード記憶.[https://bsd.neuroinf.jp/wiki/エピソード記憶]
3)石田秀朗. 職場活性化を促す社員間コミュニケーションに関する研究−コミュニケーション機会の創出手法に焦点を当てて−. 紀要奈良文化女子短期大学. 2013; vol.44: pp.1-14.
4)Huang Z, et al. Ventromedial prefrontal neurons represent self-states shaped by vicarious fear in male mice. Nat Commun. 2023; vol.14: pp.3458.
5)山下満智子. 脳科学的アプローチによる調理をすることの効果に関する研究. 日本調理科学会誌. 2014; Vol.47: pp.1-8.
6)川島隆太 『スマホが学力を破壊する』 集英社、2018年
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