
Column
コラム
不安を希望に変える、企業の脱炭素化のアクションとは
平田仁子:Climate Integrate代表理事。2021年ゴールドマン環境賞/BBC 100 Women 2022/社会科学博士/
千葉商科大学大学院客員准教授/市川市参与/気候ネットワーク理事
石炭火力発電所の建設計画中止や金融機関への株主提案などの脱炭素への貢献により2021年に環境分野のノーベル賞と言われるゴールドマン環境賞を受賞した平田仁子さまにお話を伺う本コラム。 という2つのSTEPを解説いただきました。(前編はこちら) |
STEP2(実践) 企業が今できること
自社のCO2排出量削減への道筋を専門家に相談する
― 大企業でなくても、サプライチェーン上にいる中小規模事業者や企業内の一部門、一チームからでも脱炭素の取り組みは始められるのでしょうか。その場合、まず何から始めればよいのでしょうか?
平田 もちろん始められます。まずは実態把握、すなわち事業に関わるCO2排出量を算定する「見える化」から始めましょう。
次に、生産部門なのか、管理部門なのか、あるいは他社からの間接的な排出なのか、CO2を多く排出しているプロセスの改善可能性を検討します。たとえば太陽光パネル・電気自動車の導入や生産プラントの効率向上や電化、さらに再生可能エネルギー(再エネ)電力購入との組み合わせなどで大幅なCO2削減と経費削減の両方が可能になるかもしれません。
こうした実態把握や検討が自社で難しい場合は、「カーボンニュートラル相談窓口」や、経済産業省資源エネルギー庁の補助事業で立ち上げられた「省エネお助け隊」などで相談できます。計画策定や予算の立て方、設備更新などに活用できる補助金、取引先へのアピール方法などを専門家に提案してもらえるサービスなどが受けられます。ですが、残念ながら十分に周知されているとは言えません。省エネ診断により気づいていなかった自社プロセスのポテンシャルが見出され、設備更新でエネルギーコストが大幅に削減できたケースが多々ありますので、まずは上記の相談窓口や支援制度を利用してみるのも1つの方法です。
― 環境だけでなく自社にとってもメリットが大きい脱炭素化に向けた省エネ対策ですが、導入開始時にどういった点を意識するとよいでしょうか。
平田 「うちでも省エネ診断を受けてみよう」と思い立つのは今すぐでよいのですが、計画を立てる際には長期的な視野を意識してほしいと思います。今すぐ実行できる短期的な省エネは、実質的なCO2排出量削減には結び付きにくいものです。たとえば明日から社内の空調設備の温度設定を1℃上げるよりも、次の設備更新の時期に向けて省エネ設備の新設や増設、入れ替えを計画し、今期から予算を確保しておくほうが、確実に数年後のCO2排出量の大幅削減、エネルギーコスト削減に繋がります。
こうした自社の取り組みを社外に向けてアピールするなら、認証制度が活用できます。大企業向けには科学的根拠に基づいた温室効果ガス削減を推進するための国際的イニシアチブ「SBTi」がありますが、日本のイニシアチブ「再エネ100宣言 RE Action」は中小規模事業者にも取り組みやすいと思われます。企業、自治体、教育機関、医療機関などが使用電力を100%再生可能エネルギーに転換する意思と行動を示すことで市場や政策を動かし、社会全体の再エネ利用100%を促進する枠組みです。「RE Action」の参加企業には住宅メーカーや工務店などの建築業も多く、窓の断熱を強化すること健康や生活の質を高める省エネ対策を取り入れています。脱炭素化をビジネスチャンスと捉え、企業活動の幅を広げていく姿勢も重要です。
― 自社内で省エネ対策を推進するにあたって、社内での理解を得るためには社内教育が欠かせません。ただ、GX(グリーントランスフォーメーション)研修やESG研修を実施しても、その場限りで長期的な関心に繋がらないという課題があります。どうすれば社員の意識が環境問題に向き、「自分ごと」化されるでしょうか?
平田 確かに、企業において環境問題は業務に余裕がある時のオプションと捉えられがちでした。さらに「省エネ対策はコストがかかる」、「企業活動を縮小することになるのでは?」と誤解されているため、環境対策部署の担当者が研修や対策を考えても他の部署の反応が鈍く、組織内の連携が図れません。
しかし、企業活動と気候変動問題は深く関係しています。事業に閉塞感がある場合は気候変動問題が原因かもしれず、気候変動対策が解決策になる可能性があるのです。だからこそ、企業活動の中に気候変動対策をビルトインしていく試みが重要です。脱炭素化に取り組んだ場合どれだけコストを削減できるのか、グリーン・マーケティングを意識した商品などを開発するとどれだけ利益が出るのか、どのようなプロジェクトを行うと若い社員がやる気になり離職を防げるのか、とあらゆるポテンシャルを考え、各企業にとってよりよい道筋をつけることが鍵になります。
私が2022年に立ち上げた気候政策シンクタンクClimate Integrate(クライメート・インテグレート)は、その名の通り統合すること(Integrate)を重視しています。気候変動の問題は独立して存在するのではなく、政治や経済などすべての分野と統合すべきテーマです。事業課題を考える際に省エネ・脱炭素と統合すると、今まで気づかなかった課題が見えてくるでしょう。たとえば企業の研修では「気候変動・脱炭素とは?」から入るのではなく、「今手詰まりになっている企業活動をよりよい方向に転換させるには?」から入り、脱炭素・省エネが新奇性のあるソリューションを作り出してくれる、という構成にしたほうが社員の興味関心を引きますし、現実にも即しています。それぞれの部署や業務で脱炭素と統合したアイデアを検討し、実現に向けたフォローアップができるとなおよいですね。
気候変動対策はエネルギーシステムや社会構造を転換する作業ですので、企業活動も組み替えられます。その転換を面白がり、新しいビジネスを作ろうとする発想に繋げられれば、おのずと環境問題は「自分ごと」になっていくでしょう。閉塞感のある日本企業が元気になるチャンスですから、「それなら自社も変わってみようか」と、ぜひ面白がってみてください。
STEP3 社会や国レベルですべきこと
エネルギーシステムや社会構造を転換する
― エネルギーシステムの転換という文脈では、平田さまは石炭火力発電所の建設計画に対して取り組み、多くの計画を中止に導かれました。どのような活動をされたのでしょうか。
平田 日本の温室効果ガス排出量の約4分の1を占める石炭火力発電を止めないことには、個人や企業が頑張って省エネ対策を進めても限界があります。2011年に福島原子力発電所の事故が起きた際に石炭火力発電所の建設の規制緩和が進み、電力会社及び新電力会社が大小50基もの石炭火力発電所の建設を計画しました。当時在職していた環境NGOの気候ネットワークで政策転換や法整備をメインに活動していましたが、アプローチを変えて地域に入り、地域住民と対話しながら世論を作っていったのです。結果、地域で反対運動が起きて建設計画の3分の1が中止となりました。さらにみずほフィナンシャルグループなどの株式をNGOで購入し、株主総会で定款変更を提案して金融機関の脱炭素化を進めたことなどが評価され、ゴールドマン環境賞の受賞に繋がりました。これらは私個人の力ではなく、同じ問題意識を持ち、声をあげる人たちの力で世界的な評価が得られたのだと思っています。
― 石炭火力発電からのエネルギーシステムの転換先は再エネだと伺いましたが、再エネで安定した電力供給は可能なのでしょうか。
平田 「再エネは天候によって不安定だ」、「値段が高い」、「日本は土地が少ないからポテンシャルが少ない」といった懸念は、長い間、再エネ普及の不安材料として語られてきました。しかし、今日では電力を安定供給できる制御技術や柔軟な需給調整の方法は多様にあり、蓄電池の値段も安価になってきています。また、需要側で、再エネが多く発電している時に価格を下げるなどの市場設計により、再エネを最大限利用することもできます。これからは、変動する再エネを上手に使う柔軟な電力システムの構築こそが鍵を握ります。そしてそれは現実的に取りうる手段となっています。「難しい」という固定観念さえ取り払えれば、再エネを中心に大きなCO2削減を実現することができるでしょう。再エネに頼らないゲームチェンジャーのような革新的な巨大技術の開発に賭けてただ今を過ごすよりも、既存の再エネと蓄電池などの技術を組み合わせて最大限に普及させ、住宅や家電、事業設備の省エネを進めることでCO2排出量の削減を進めるほうが現実的です。これからの脱炭素は化石燃料の輸入に頼らず、再エネを地域内で循環させ、地域で新たな雇用を創出するようなシステムに転換していかなくてはなりません。そのためにも、すでに実用化されている再エネの技術を可及的速やかに展開するための支援の充実が望まれます。
おわりに
一人ひとりの小さな力で大きなうねりを起こす
― 最後に、今このコラムを読んでアクションを起こそうとしている読者の背中を後押しするメッセージをお願いいたします。
平田 職場や家庭、地域社会で優先すべき仕事や役割、関心事があると、気候変動対策はどうしても後回しになってしまいます。気候変動を問題として知っていても目を向けていない。その裏側には、「自分にできることはない」、「自分が動いても何も変わらない」と思ってしまう面もあるでしょう。ですが、まさに今、日本の多くの人たちが後回しにしていることで、日本で起こせるはずの変化を起こせずにいるのです。一人の小さな力はうねりとなって、社会に大きな変化を起こします。石炭火力発電所の計画中止運動では、最初に地域で動き出したのは数人でした。そこから地域の議員やメディアが動き、世論が変わり、事業者が計画中止を判断するまでの一連の大きなうねりを目の当たりにしました。
私たちは企業、家庭、地域社会などのシステムの中で生きています。その社会を構成する一人として、自分が関わる組織や場所からシステムを変えていくことができます。自分の身の丈に合った、システムの変化に繋がる一歩を踏み出してみてください。すると「実は私も気になっていた」と共感し、一緒に声を上げる人が出てくるでしょう。「社内で何かやってみようか」、「省エネ対策を提案してみようか」とアクションを起こせば、うねりは大きくなっていきます。自分で動くことが難しくても、気候変動活動に取り組んでいる人を応援してうねりを後押しすることもできます。そこから世論が動き、決定権を持っている人たちの耳に届く機会が増えれば、システムの変化に繋がっていくはずです。
気候変動対策はこれまで、国際情勢や政治のうねりによって盛り下がりと盛り上がりを繰り返してきました。東日本大震災時の石炭火力発電所の建設計画のように、ロシアによるウクライナ侵攻やイスラエルのガザの侵攻、アメリカの選挙などをきっかけに再び失速する可能性もあります。しかし、揺り戻されても、気候変動という問題そのものが消えてなくなるわけではありません。今後より一層強化する以外の道がない取り組みであるからこそ、揺り戻しに振り回されず、それぞれの立場でレジリエンスを高めてアクションを起こしていただきたいと思います。
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