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「○○力」で人材を評価できるか?〜仕事のフローでの学びの重要性〜

目次

「○○力」は文環境や状況脈 に左右され依存する
「リソース」と環境・状況と「文脈」の相互作用が「揺らぎ」が生む
仕事のフローで効果的に学ぼう


私たちは普段の会話で何気なく「思考力」や「判断力」、「表現力」、あるいは「英語力」といった言葉を使います。また、新卒採用の場面では「論理的思考力」や「コミュニケーション力(コミュ力)」を採用選考の基準とする企業も多いことでしょう。これは実務に必要な専門性や経歴で人材を採用する欧米のジョブ型雇用とは異なり、人材のポテンシャルに重きを置く日本型雇用の特徴と言えそうです。
 
 しかし、新卒採用の面接時に「学生時代にサークルのリーダー長を務めました。私の強みはコミュ力です」と自己PRした学生が、入社後のコミュニケーションが円滑にできるとは限りません。明るくて話しやすいけれど指示の意図が伝わっていない、といった齟齬を起こすこともあるでしょう。あるいは英語コミュニケーション能力の測定テストが高得点で「英語力」を強みとする人材が、グローバルな場での日常会話に困ってしまう場面も少なくありません。
 こうした事態はなぜ起こるのでしょうか。「○○力」は、本当に人材を正しく評価できる物差しなのでしょうか。さらに踏み込んで、「○○力」は本当に私たちの内部に存在していて、あらゆる場面で発揮できる力なのでしょうか?

「○○力」は環境や状況に左右される

認知科学者の鈴木宏昭教授(青山学院大学教育人間科学部教育学科)は、「○○能力」という概念そのものに疑問を投げかけています1)

 コミュ力と並んで新卒採用時に重視されがちな論理的思考力」を例に考えてみましょう。私たちは通常、論理的思考力が高いと評価される人を見たとき、「この人は論理的思考力があるから論理的に考えて問題解決をはかれるのだ」と考えます。しかし、実際には行動(=論理的に考えて問題解決をはかる)を見てから逆行して原因(=論理的思考力)を類推している、という点に注意が必要です。つまり「論理的思考力」は行動から逆説的・仮説的に生み出された概念に過ぎないのですが、「力」という言葉が語尾につくことであたかも個体の中(体内、脳内)に備わっていて「いつでも・どこでも」安定して発揮できる、というイメージができてしまったと考えられます。このイメージは他の「○○力」も共通しており、鈴木教授はこれを「誤った能力観」だと指摘しています1)。

 多くの企業はコミュ力や論理的思考力が本人の内部に備わっている「いつでも・どこでも」安定的に発揮される力だと考え、入社後のパフォーマンスを期待して人材の採用基準にしてきたのではないでしょうか。しかし、「○○力」の安定性は人間の認知の文脈依存性」によって否定されています1)文脈依存性とは、それぞれの環境や状況に応じてまったく異なる反応が生じることをいいます。論理的思考やコミュニケーションを含む人間の知性は環境によって働いたり働かなかったりするもの、状況によって左右されるものであることが認知科学の研究でわかってきたのです。
「○○力」が環境や状況に左右されるのであれば、何を基準に人材を評価すればよいのでしょうか。論理的に思考し、良好なコミュニケーションがとれる人材を採用・育成するには、どのようなポイントに注目すればよいのでしょうか?この問いを解くには、「揺らぎ」と「リソース」という概念が鍵となります。

「リソース」と環境・状況との相互作用が「揺らぎ」が生む

鈴木教授によれば「リソース」とは原材料のことで、私たちがこれまでに蓄えてきた経験やスキル、知識、あるいは環境・状況に含まれる情報などをいいます。人間は多様な複数のリソースを用いながら活動しており、さまざまなリソースが特定の環境や状況と出会うことで「揺らぎ」、相互作用を起こすことで知性になると考えられています1)

 たとえばAさんとBさんに「コップにいっぱい入った水を目的地までこぼさずに10回運んでください」という課題を出し、模範例を動画で見せたとしましょう。Aさんは動画で見た動きをそのまま真似し、速やかにコップを目的地に運ぶ行動を10回繰り返しました。するとある程度上達はみられるものの1回目と10回目の間に大きな差は生じません
一方、Bさんは始める前に質問したり、模範例と違う動きをしたり、初めの何回かはたくさん水をこぼしてしまったりしました。ただ、何回か試行するうちにAさんよりもBさんのほうがうまく水を運べるようになっています

 これはBさんの行動の初期に「揺らぎ」が起こったためと考えられます。Bさんは無意識に自分の経験や知識のリソースを駆使して「どの歩幅で歩けば、どの高さでコップを持てば一番速く歩けて水がこぼれにくいか」を試行錯誤し、ときには課題を与えた側に「運んだ水は何に使うのか」、「コップの大きさを変えることはできないか」、「水の量を減らせないか」と質問し、地面の起伏や障害といった環境からのリソースを読み取って目的を叶えようとしたのです。
 Aさんは模範例の「形」を真似したのに対し、Bさんの「揺らぎ」は学びの過程そのものです。リソースが多ければ多いほど「揺らぎ」は大きくなり、初期の失敗の回数は増えますが、得られるものもそれだけ大きくなります(図)。

「失敗は成功のもと」という慣用句は、「揺らぎを生むリソースをたくさん持っている人ほど成功しやすい」と言い換えられるかもしれません。実際、利用可能なリソースが多いことで起こるジェスチャー・スピーチ・ミスマッチ(話していることと身振りが一致しない現象)に関する有名な研究では、ミスマッチが起きる小児はミスマッチが起きない小児と比較して学びの効果が長期間持続することがわかっています2)

仕事のフローで効果的に学ぼう

学びは複数のリソースが競合し、協調を重ねながら揺らぎ、環境と相互作用しながら進んでいくものと考えられています。このことを踏まえると、人材を育成する際には座学のみで情報を伝えるのではなく、「揺らぎ」を生むような環境や状況、すなわち練習環境を用意し、複数のリソースが同時に働くような状況を作ることで学びを促す必要がありそうです。


 これまで、人材育成のための学習は日常業務外で行われることが主でした。このため社員が研修で得た情報やスキルを現場で活用するのに苦労し、知識として定着せず忘れられてしまうリスクがあったと考えられます。「揺らぎ」を生む効果的な学びを実現するためには、実際の仕事のフローやそれに近い環境での学びの機会を創出することが求められるでしょう。仕事のフローのなかでの学びを促すためには、研修で得た情報やスキルを現場に持ち帰り、実際に活用して身体化できる効果的な支援システムやツール、すなわち集合研修やeラーニングなどを組み合わせたラーニング・プラットフォームも必要です。

 2022年のLinkedInワークプレイスラーニングレポートでは、「学び、成長する機会」は優れた職場文化を醸成する要素として従業員が挙げる第1位でした
3)。同レポートでは、自身の企業文化を高く評価する従業員は、自身の企業文化を高く評価していない従業員と比較して職場満足度が25%高く、自身の職場で働くことをすすめる割合が31%高いことも報告されています。学びの機会を社員旅行のような非日常・単発の行事とするのではなく、日常の仕事のフローに継続的に組み込むことは従業員のリテンション戦略としても期待できそうです。
2023年の終わりに「○○力」の捉え方を見直し、効果的な学びについて改めて考えてみてはいかがでしょうか。

参考文献:
1)鈴木宏昭 『私たちはどう学んでいるのか:創発から見る認知の変化』 ちくまプリマー新書、 2022年
2)Alibali MW, Goldin-Meadow S. Gesture-speech mismatch and mechanisms of learning: what the hands reveal about a child's state of mind. Cogn Psychol. 1993; vol.25(4): pp.468-523.
3)LinkedIn. 2022年LinkedInラーニング.ワークプレイスラーニングレポート.L&D(学習と能力開発)の変革.
https://learning.linkedin.com/content/dam/me/learning/ja-jp/pdfs/2022-LinkedIn-Learning-Workplace-Learning-Report-JPN-Edition.pdf]


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