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VUCA時代に人を動かす「仕掛学」の発想法 〜「やらせる」ではなく「つい、したくなる」へ〜

不確実性が高く、将来の予測が難しく、複雑かつ曖昧な「VUCA」の時代が到来し、変化に対応できる柔軟性の高い組織づくりが急務となっています。変化を敏感に感じ取り、失敗を恐れずに挑戦できる人材の育成が必要ですが、近年Z世代を中心に「失敗する可能性があるなら挑戦したくない」という心理傾向が指摘されています。

 失敗を恐れる若手社員の挑戦意欲は、一体どのように育てればよいのでしょうか。
1つの方法として、社員の「自己効力感」を高めることが挙げられます。自己効力感は心理学者アルバート・バンデューラが提唱した概念で、目標達成や行動遂行などにおいて「自分ならできる」と認知している状態です。自己効力感が高いほど目標に向けて努力でき、状況が変化しても挑戦行動が可能で、過剰な不安や恐れを抱かずにすむことがわかっています 1) 2)。自己効力感をもって変化に対応していく人材は、VUCAの時代に必要不可欠と考えられます。

 ただし、自己効力感を自力で高めることは容易ではありません。「失敗したくない」という認知を「自分ならできる」へと転換するためには、他者による支援が必要です。バンデューラの理論を援用すると、小さな成功を数多く創出し(達成経験)、身近な他人が実際に成しえた挑戦事例を提供し(代理経験)どんな能力があるかを説明し(言語的説得)体調を整え気分を盛り上げる(生理的情動的高揚)ことが自己効力感を高める基盤となります 3)。こうした考え方は支援型リーダーシップとも親和性が高いのではないでしょうか。

目次

・「つい、したくなる」仕掛けで人を動かす
・まずはご家庭で、片づけたくなる仕掛けを
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「つい、したくなる」仕掛けで人を動かす

失敗を恐れる社員も、組織の意向(=挑戦してほしい)は理解しているはずです。頭ではわかっていても自分の思い(=失敗したくない)と合致しないために行動に移せない相手に、「挑戦したほうがよい」と正論で攻めても動きそうにありません。自己効力感を高める第一歩として、小さな成功体験を積み上げるための行動変容を促すアプローチが必要と考えられます。
 行動を変えたくなる魅力的な選択肢を増やし、目的の行動に誘うアプローチとして注目されるのが、松村真宏教授(大阪大学大学院経済学研究科)が提唱する「仕掛学(Shikakeology)」です 4)。たとえばゴミ箱の上にバスケットゴールを設置すると、ついシュートしたくなってゴミ捨て行動が促進されます。ポケットティッシュの配布実験では無人スタンドに鏡を設置したり、人がマジックハンドを使って渡したりすると「つい身だしなみを確認したくなる」、「ついマジックハンドから受け取りたくなる」ために、ポケットティッシュの受け取り率は大幅に上がるそうです 5

「仕掛け」は相手に強制せず、金銭的なインセンティブや罰などを用いません。仕掛けには公平性(Fairness:誰も不利益を被らない)、誘因性(Attractiveness:行動が誘われる)、目的の二重性(Duality of purpose:仕掛ける側と仕掛けられる側の目的が異なる)という3つの要件があります(表)

仕掛けられた側が損をしたり、仕掛けに気づいて不快な気持ちになったりすることなく、笑顔になるのがよい仕掛けとされています。むしろ仕掛けに気づいたうえで仕掛けに乗っかる自由意志こそ、仕掛学が尊重するところです。たとえばスマホを触らない時間だけ木や魚が育つスマホ依存防止アプリはあらかじめ仕掛けの意図を開示していますが、つい育てたくなった人たちがアプリを自由意志で導入します。頭ではわかっていても行動に移せないとき、好奇心などの別のアプローチから行動を誘うのが仕掛けの発想法なのです。

 仕掛学のアプローチは仕掛けに興味を持った人だけを対象とするため、すべての人の行動を魔法のように変える方法ではありません。興味を示す仕掛けは人それぞれ異なり、注意を惹くためには相手が何に興味を抱くかを理解する必要があること、相手の興味と行動を結び付け、結果的に問題を解決させるほうがうまくいくことも松村教授は指摘しており、これらは若手社員の自己効力感を向上させる手助けをする際にも示唆深い指摘と考えられます。

まずはご家庭で、片づけたくなる仕掛けを

仕掛けは日常のあらゆる場面に潜んでいます。男子トイレの小便器に貼られたハエのシールはトイレをきれいに使う仕掛けですし、漫画の背表紙に巻を跨いで描かれたイラストはシリーズ全巻を集めたくなる仕掛けです。松村教授によれば、もともと仕掛けの意図がないタイマー付きのホームベーカリーなども心地よく目覚める仕掛けとみなせるそうです。既存のツールも発想の転換で仕掛けになるのであれば、ビジネスにも応用しやすいのではないでしょうか。社内で意見を伝えやすくなる仕掛けやWeb会議を活性化する仕掛けなど、「仕掛学」の発想法で考えてみると楽しいかもしれません。
 これから年の瀬を迎え、ご家庭での大掃除も本腰を入れる時期です。松村教授は子どもを叱らず、お小遣いなどのインセンティブで釣らず、楽しく行動を変える「子育て仕掛学」も提案しています 6)。片づけられない部屋のおもちゃ箱の上にバスケットゴールを付けるとおもちゃでシュートしたくなり、並べたファイルボックスの背表紙に斜めのテープを貼るとパズルのように順番通り並べたくなる――。大人も子どもも褒められ、達成経験を積めば自己効力感が育つ基盤となります。まずはご家庭から、「やらせる」ではなく「つい、したくなる」仕掛学の発想を取り入れてみてはいかがでしょうか?


参考文献:

1)Bandura A, Cervone D. Self-evaluative and self-efficacy mechanisms governing the motivational effects of goal systems. J Pers Soc Psychol. 1983; vol. 45; 1017-1028.
2)Bandura A, Reese L, Adams NE. Microanalysis of action and fear arousal as a function of differential levels of perceived self-efficacy. J Pers Soc Psychol. 1982; vol. 43: 5-21.
3)Bandura A. Self-efficacy: Toward a unifying theory of behavioral change. Psychol Rev. 1977; vol. 84: 191-215.
4)松村真宏『仕掛学 人を動かすアイデアのつくり方』東洋経済新報社、2016年
5)松村真宏.対人距離に配慮した街頭配布の仕掛け.第9回仕掛学研究会.TBC2020028(2020年)[https://shikakeology.org/pdf/TBC2020028.pdf]
6)松村真宏『松村式子育て仕掛学 子どもの行動が変わる!』主婦の友社、2021年

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