Column

コラム

  • TOP
  • コラム
  • 情報と選択のオーバーロードを回避せよ〜  情報過多時代を乗りこなすシングルタスクと選択アーキテクチャー〜

情報と選択のオーバーロードを回避せよ〜  情報過多時代を乗りこなすシングルタスクと選択アーキテクチャー〜

  

                                    

目次

 「情報は多ければ多いほどよい」は誤り
  情報オーバーロードの常態化に気付こう
  マルチタスクをやめて情報オーバーロードを回避しよう
 「選択アーキテクチャー」の活用で「選択オーバーロード」の回避を!

「情報は多ければ多いほどよい」は誤り

知りたい情報を検索するためにサーチエンジンやSNSを立ち上げ、雑多な情報を文字や映像を眺めていると時間だけが過ぎていき、結局何が知りたかったのか、何を見たのかほとんど思い出せない、という経験をしたことはないでしょうか。あまりに多くの情報を目にしすぎた結果、重要な情報を記憶・理解できず、適切な意思決定ができなくなってしまう現象を行動経済学では「情報オーバーロード」といいます1)


情報オーバーロードが起きる背景には、私たちの心理に潜む「新しい情報やチャンスを逃したり、取り残されたりすることへの恐怖・不安」があります2)。私たちがスマホを手放せないのは、「自分には必要な情報が不足している」、言い換えると「情報は多ければ多いほどよい」と思い込んでいるためかもしれません。

行動経済学では、情報オーバーロードを「多すぎる情報のせいで、人が非合理な行動をしてしまう」ことだと説明します3)。その例として、企業のナレッジワーカーが1日に50~100回ものメールチェックを行っていることが挙げられています。頻回のメールチェックによって作業が中断されるだけでなく、メールがもたらす膨大な情報が判断や意思決定を妨げ、心身の健康にも悪影響を及ぼしていることが指摘されています。
多すぎる情報は人を疲れさせ、意思決定を妨げるにもかかわらず、社会で流通する情報量は爆発的に増加しています。まずは「情報は多ければ多いほどよい」という先入観を捨て、情報オーバーロードを回避するための第一歩を踏み出してみましょう。

情報オーバーロードの常態化に気付こう

脳にはワーキングメモリ(作業記憶)と呼ばれる機能があります。ワーキングメモリはいわば脳の作業台で、外から入ってきた情報を数秒~数十秒の間だけ保持し、その情報を処理・活用して他のタスクを遂行していると考えられています4)
たとえば買い物などの場面で暗算するとき、私たちが無意識に行う「一時的に値段を覚えておく」、「覚えた値段を足していく」という一連の処理はワーキングメモリが行っています。ビジネスの場面なら、ミーティングで複数人の発言を聞きながらそれを踏まえた発言を考える、メールを読み進めながら内容を理解し返信文を考える、といった作業でもワーキングメモリが機能しています。

物理的な作業台の広さに限界があるように、私たちのワーキングメモリも有限です。作業台に乗りきらない情報は転がり落ちて飽和し、次の作業に進めなくなります。多忙な時期に買い物に行くとどの商品棚を見ても目が滑り、結局何も買わずに店を出てしまった経験はありませんか?これは目からインプットされた情報がワーキングメモリの限界を超え、脳が過負荷状態に陥った結果と考えられます。常に過剰な情報に晒されながら業務を行うナレッジワーカーの脳では、情報オーバーロードが常態化している可能性があるのです

マルチタスクをやめて情報オーバーロードを回避しよう

タブブラウザで一度に複数のタブを開き、文書作成ソフトや表計算ソフト、メールクライアントを同時に立ち上げ、複数のタスクを並行するスタイルで仕事を進めていませんか?自分ではマルチタスクで作業をこなしているつもりでも、人間の脳はシングルタスクでしか情報を処理できないことがわかっています5)脳は複数の作業を並行して処理しているのではなく、実際に行っているのはシングルタスクのスイッチングです。タスクを高速で切り替えることでワーキングメモリの働きが妨げられるだけでなく、重度のマルチタスクを長期間続けていると脳がダメージを受け、記憶力や注意力、気力などが低下してしまうことが複数の研究で明らかになっています6)7)

では、どうすればワーキングメモリを消費せず、シングルタスクで集中して作業を進められるのでしょうか。
よく知られているのがToDoリストを作成してタスクに優先度を設定し、並列ではなくシングルタスクで作業を進められるようスケジューリングを行うタイムマネジメント法です。さらに優先度が高いタスクを色付けして目立たせ、常に視界に入るところに配置しておく、長期プロジェクトの場合は目が慣れてくるため途中で色を変える、といった工夫も有効です。

そのほか、メールやグループチャットの確認時間、返信時間を決めて通知を切る、定期的にデスクトップの環境を整理する、スケジュールやタスクの時間を記憶して脳のメモリを消費せずにすむようリマインダーを設定するほか、デジタルノートアプリやマインドマップ、アウトライナーなどで情報や思考を整理し、タスクを管理するといった工夫が考えられます。

「選択アーキテクチャー」の活用で「選択オーバーロード」の回避を!

情報オーバーロードが生活のあらゆる場面に溢れている現代では、自分だけで工夫していても限界があります。特にメールやグループチャットの通知を切る、対応時間を決める、といった取り組みは、社内でシングルタスクを優先する意識が共有されていることが前提です。個人だけでなくチーム、組織全体、さらには社会全体で情報オーバーロードの問題に取り組もうとする姿勢、言い換えると「情報を受け取る」側だけでなく、「情報を与える」側の意識もまた重要になってくると考えられます。

情報オーバーロードの問題は、選択肢が多すぎると選べなくなる「選択オーバーロード」に繋がっています3)。選択オーバーロードの有名な実験では、売り場にジャムを24種類並べた場合と6種類並べた場合で売上個数を比較した結果、数が少ない6種類のジャムを並べたほうが多く売れました8)。選択肢が多すぎると消費者は過剰な情報に混乱し、ベストな商品を選択するまでにかかる時間と労力を負担に感じて選択を後回しにしたり、選択自体を諦めてしまったりします。ただし問題なのが、消費者は選択肢が少なすぎても興味を持たない、という点です(図)

そこで消費者が適切に選択できるように、選択肢や選択プロセスを「設計」して提示する「選択アーキテクチャー」という概念が生まれました。ショッピングサイトやストリーミングサービスで、過去の購入履歴や視聴傾向からおすすめの商品や動画が優先的に出てくるアルゴリズムや、価格順・新しい順・おすすめ順・人気順などで商品を並べ替えるフィルタリング機能、定食の「本日のランチA・B・C」などが選択アーキテクチャーの例として挙げられます3)。さらに「はい」・「いいえ」などで答えていくだけで最適な商品やサービスに辿り着ける「ディシジョンツリー(Decision Tree)」も選択プロセスを設計する選択アーキテクチャーの1つです。どうでもいいことを選択する労力を省けば、重要な判断で選択オーバーロードに陥る可能性を減らすことができます

そのためにまず、社内メールやグループチャットで長文を送るときは冒頭に要約をつける、重要箇所にマーカーを引く、などの小さな工夫から始めてみましょう。今やさまざまな文章要約AIツールが提供されており、脳のリソースを消費せずに手軽に要約を作成できる時代です。

また、相手に何らかの判断を促す際には選択肢を絞って提示することも重要です。その際、選んでほしい選択肢は最初や最後ではなく真ん中に配置する(アンカリング効果)、選んでほしい選択肢にポジティブな言葉を使う(プライミング効果)、といった行動経済学のテクニックを取り入れると、情報と選択のオーバーロードの回避が楽しくなるかもしれません。


参考文献:
1)Eppler MJ, Mengis J. The Concept of Information Overload: A Review of Literature from Organization Science, Accounting, Marketing, MIS, and Related Disciplines. The Information Society. 2004; vol.20: pp.325-44.
2)Herman D. Introducing short-term brands: A new branding tool for a new consumer reality. Journal of Brand Management. 2000; vol.7: pp.330-40.
3)相良奈美香 『行動経済学が最強の学問である』 SBクリエイティブ、2023年
4)Baddeley AD, Hitch G. Working memory. In GH Bower (Ed.), Recent advances in learning and motivation. Vol. 8, pp.47-89. New York, Academic Press, 1974.
5)Charron S, Koechlin E. Divided representation of concurrent goals in the human frontal lobes. Science. 2010; 328(5976): 360-3.
6)Rubinstein JS, Meyer DE, Evans JE. Executive control of cognitive processes in task switching. J Exp Psychol Hum Percept Perform. 2001; 27(4): 763-97.
7)Madore KP, Khazenzon AM, Backes CW, et al. Memory failure predicted by attention lapsing and media multitasking. Nature. 2020; 587: 87-91.
8)シーナ・アイエンガー 著/櫻井祐子 訳 『選択の科学』 文芸春秋、2010年

関連する研修プログラム

AIの基礎と活用力アップ研修
ロジカルライティング研修 ~簡潔に、わかりやすく書く力の強化~

タイムマネジメント研修

Contact

お問合せ

KBIの研修についての資料請求、
お問合せはお気軽にご相談ください。

TEL

06-6449-2653

受付時間 平日 9:00~17:45

MAIL MAGAZINE