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コラム
複雑化する時代の思考法~セレンディピティから学ぶ視点の転換法
目次
偶然と聡明さによって成功を掴む力「セレンディピティ」
セレンディピティを実現する視点の転換法
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近年、Z世代と呼ばれる1995〜2004年生まれの若者は「コスパ(費用対効果)」や「タイパ(時間対効果)」を重視し、失敗することを恐れる、という声をよく聞きます。その傾向を象徴するのがドラマや映画の早送り視聴、その違法性が社会問題となっているファスト映画でしょう。動画の倍速視聴やファスト映画の流行の裏には、「面白くない映画にお金と時間を無駄にしたくない」、すなわち「失敗したくない」という心理が潜んでいると考えられています。
もちろん、費用対効果や時間対効果という考え方自体は決して悪いものではありません。むしろビジネスをはじめ、あらゆる場面で必要とされる重要な要素です。コスパ重視・タイパ重視に潜む問題は、若い世代が抱える失敗への過剰な恐れ、無駄や回り道への忌避感です。彼らがなぜ失敗を恐れるのか?という問題は社会学や世代論ですでに論じられていますから、ここでは少し切り口を変えて、「失敗は本当に恐れるべきものか?」というテーマを考えていきたいと思います。
偶然と聡明さによって成功を掴む力「セレンディピティ」
セレンディピティ(serendipity)という言葉をご存知でしょうか。セレンディピティは「偶然の幸運な発見、ないしそれを掴む能力」を意味する言葉で、18世紀にイギリスの作家で政治家のホレス・ウォルポールが友人への手紙で使った造語です。ホレスはある予想外の発見について『セレンディップの3人の王子』という童話を引用し、3人の王子がもともと探していなかった価値ある何かを、偶然と聡明さによって発見することをセレンディピティと名付けました。
セレンディピティは、単なる幸運とどう違うのでしょうか。幸運は、ある日突然私たちの身に降りかかってくる、いわば受け身で得られる価値ある何かです。一方、セレンディピティは私たちが能動的に動き、目的とは違った予想外の事態と出くわし、その偶然や失敗を素晴らしい発見、ポジティブな経験に結びつけていく力のことをいいます。
ビジネスで有名なセレンディピティの例は、消費財メーカーのが開発したポスト・イットでしょう。同社の研究所で接着剤の開発を担当していたスペンサー・シルバー博士は、航空機の製造に使う強力な糊を開発しようとしてその目的を果たせず、弱い接着力で剥がして再度使える接着剤を開発しました。1972年にこの接着剤の特許を取得したものの適切な用途がみつからず、スペンサー博士が粘り強く社内の人間と掛け合った結果、数年後にようやく商品化への道が開け、今日の世界的な成功に繋がったのです。
一方、自然科学の研究とセレンディピティも深く結びついています。ニュートンによる万有引力の発見、レントゲンによるX線の発見、ワットによる蒸気機関の発明、コロンブスによる新大陸の発見など、セレンディピティによる発明・発見の例は枚挙に暇がありません。なかでもペニシリンの発見は、セレンディピティの例として最も有名なエピソードの1つでしょう。ブドウ球菌の研究をしていたアレクサンダー・フレミング博士は、ブドウ球菌を培養中のペトリ皿に誤って青カビを混入させてしまい、そのカビの周囲だけブドウ球菌が消えていることを発見しました。これが特定の細菌を殺菌する作用をもつ抗生物質ペニシリンの発見に繋がり、世界中の人々を感染症から救うきっかけとなったのです。
これらのエピソードから私たちが学ぶべき教訓は、「失敗」という、誰にでも起こりうる予想外の事態に対する向き合い方、意識の持ち方ではないかと思います。シルバー博士が強度不足の接着剤を失敗作と片付けていたら、フレミング博士が青カビの周りのブドウ球菌を観察もせずにペトリ皿を捨ててしまっていたら、世界を大きく変える画期的な発見や発明は起こらなかったでしょう。彼らは研究や開発が計画通りに進まなかったとき、人によっては失敗と捉えられる予想外の事態に対して先入観を持たずに向き合い、観察し、もともと探していなかった価値ある何かを発見しました。言い換えると、予想外の事態を短絡的に「失敗」と捉えてしまう思考こそが、恐れるべき対象なのかもしれません。
セレンディピティを実現する視点の転換法
偶然から価値ある何かを発見するプロセスに必要な要素として、セレンディピティの提唱者ホレスは「聡明さ」を挙げました。ワクチンを開発したルイ・パスツールは、「Chance favors the prepared mind(偶然は心の準備ができている者を好む)」という言葉を残しています。「聡明さ」は、「心の準備ができていること」と言い換えられそうです。明日何が起きるか予測がつかないVUCAの時代、私たちに求められるのは失敗しないことではありません。予想外の事態を受け入れる心の準備をし、価値ある何かに結び付くまで粘り強く思考・行動することではないでしょうか。
セレンディピティと類似した考え方として、心理学者のジョン・D・クランボルツ教授が提唱した「計画的偶発性理論」というキャリア理論が注目されています。本理論ではキャリアの8割が予想外の出来事によって決まるとし、偶然の出来事が起きたときに行動や努力で新たなキャリアに繋げ、意図的に行動することでチャンスを増やすことの重要性を指摘します。偶然を利用してキャリア形成するための行動指針として好奇心・持続性・楽観性・柔軟性・冒険心が挙げられており、セレンディピティの考え方に通じるものがありそうです。
近年、セレンディピティも特別な個人だけに備わった特殊な能力や資質ではなく、コーチングできるものと考えられるようになりました。偶然はコントロールできませんが、セレンディピティが起こりやすい状況や場(セレンディピティ・フィールド)を作ることは可能とされています。自身の思考プロセスや日常生活の習慣を見直し、予想外の事態に備え、心を開き、先入観を排除することで、誰もがセレンディピティを育み、家庭やコミュニティ、企業組織をセレンディピティ・フィールドに変えられるかもしれません。
参考文献:
クリスチャン・ブッシュ著 『セレンディピティ 点をつなぐ力』 東洋経済新報社、2022年
白川秀樹.Serendipityと創造性.神経超音波医学.2007;vol.20:pp.2-6.
Mitchell KE, Al Levin S, Krumboltz JD. Planned happenstance: Constructing unexpected career
opportunities. Journal of counseling & Development. 1999; vol. 77; pp.115-124.
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