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最新の学習環境で「失敗することへの恐怖」は減るのか? 〜XRによる学習の利点とは〜

ここ数年、失敗を恐れて挑戦しない若手社員の心理傾向が指摘されるようになりました。その一方で、「職場がホワイトすぎて離職する若手社員」という新たな問題も注目を集めています。労働時間短縮やコンプライアンスの徹底に努めた大企業において、若手社員が「会社の仕事をしていても成長できない」、「別の会社や部署で通用しなくなるのではないか」と不安を抱き、結果として早期離職につながるケースが増えていると考えられます1)
こうした相反する2つの動きには、「経験やスキルは積みたいが目立って失敗はしたくない」、「真面目に努力するが不確かな挑戦はしたくない」という若者の心理が透けて見えるように思えます。今の時代に必要なのは、旧時代的な厳しさ一辺倒の指導ではなく、腫れ物に触るようなお客様待遇でもなく、実際の失敗や挑戦から得られる経験・スキルと同じものを擬似的に習得できる方法ではないでしょうか?そこで注目されるのが、VRやARなどの最新技術を用いた学習方法です。

目次

今さら聞けない?XRって何だろう2
「失敗することへの恐怖」はXRによって軽減するか?

今さら聞けない?XRって何だろう2

VRやARはゲームなどのエンターテイメント領域を中心に活用が進み、日常生活で経験する機会も増えてきました。ただ、VRやAR以外にもMR、XRといった類似する言葉が多く、それぞれのイメージが湧きにくいかもしれません。
最初に用語を整理しておくと、VR(Virtual Reality)は仮想現実、AR(Augmented Reality)は拡張現実、MR(Mixed Reality)は複合現実で(表)、これらはまとめてXR(Cross/Extended Reality)と呼ばれています。XRはいずれも現実世界と仮想世界を融合し、人間の感覚・認知を操作して擬似的な体験を提供する空間を作り出す画像処理技術ですが、臨場感・没入感、物理空間との関係性の度合いによって整理すると各技術の違いが理解しやすいかと思います(図)



その他のXR技術として、過去映像を現実世界に重ねて表示し、過去にあった出来事が今目前で実際に起きているかのように見せるSR(Substitutional Reality)や、存在しているものを現実世界から見えないようにするDR(Diminished Reality)なども開発が進んでいますが、ここではVRとAR、さらに両者の特性を複合した技術ともいえるMRを中心に概説したいと思います。

「失敗することへの恐怖」はXRによって軽減するか?3

XRの活用はエンターテイメント領域だけでなく、医療現場などの「失敗できない」領域でも進んでいます。たとえば症例数が少ない希少疾患では外科手術の反復訓練が難しいため、CT画像から­3D臓器を再現し、手術前にMRデバイスでシミュレーションすることで失敗を防ぐ取り組みがなされています。
「XR体験は疑似体験にすぎず、仮想世界がどれほど精巧に作られていても実体験とは異なる」という指摘は、XR技術の開発の歩みにおいて常に付きまとっていました。しかし実際には、XRが現実世界での行動や思考にも大きな影響を与えることが心理学の研究で明らかになっています。そもそも人の学習効果は「見る」よりも「行う」ほうが高く、さらに「脳で身体を動かすシミュレーションをする」ことで最も高い学習効果が得られることがわかっています。これは、ヘッドマウントディスプレイを装着して仮想世界でシミュレーションを行う際の脳の動きそのものです。
さらに、XRで注目されるのが「自己効力感」を高める作用です。失敗を恐れて挑戦しない心理に対抗する自己効力感の意義については、VUCA時代に人を動かす「仕掛学」の発想法でもお話ししました。「失敗したくない」という認知を「自分ならできる」へと転換することで、人は過剰な不安や恐れを抱かずに挑戦行動を起こすことができます。

たとえば足に強い痛みを抱える疾患のリハビリ治療にVRを用いた実験では、現実世界で足を小さく動かしただけで、VRのアバターの足が大きく動いて見えるように設定しました。すると、患者はVRなしの場合と比べて痛みを伴うリハビリ治療に積極的になり、中断率も大幅に軽減するという結果が示されました。これは「できる=足が大きく動く」という目標が視覚化されることで自己効力感が生まれ、痛みを過剰に意識せずに目標達成に向けて挑戦できたためと考えられます。
より一般的な事例として、VRによる学習プロジェクト「リバーシティ」があります。19世紀の街をインタラクティブに再現した多人数参加型仮想環境で、デバイスを装着した学生参加者は現代科学の知識を駆使しながら伝染病などに立ち向かいます。すると「自分にも科学ができる」という自己効力感が高まり、高度な調べ物スキルが身につくことが明らかになりました。しかも教室での学習意欲が低く、科学に自信や興味がない学生ほどVRによる効果が大きかったのです。
こうした事例はXRの活用場面のほんの一部ですが、失敗からしか学べない経験・スキルも、仮想世界で体得できる時代がやってくるかもしれません。「リスクを負って自ら失敗するからこそ学びがある」という見方もありますが、実は誰しもが自身の失敗から目をそむけてしまうため、失敗によって学習が阻害されることが研究から明らかになっています。これには自尊心や羞恥心、自我の問題が関わっており、同研究ではむしろ自我の影響が少ない「自身の成功」や「他人の失敗」のほうが学習効果は高いと結論づけています4)

XR体験は仮想世界でのシミュレーションで現実世界の失敗を予防し、自己効力感を高めるだけでなく、「自身の成功」や「他人の失敗」からの学びとも親和性が高いと考えられます。現実世界での失敗を過剰に恐れず、失敗から学ぶマインドセットを育むために、XRは有効なツールになりえるかもしれません。

参考文献:
1)リクルートワークス研究所:大手企業における若手育成状況調査報告書(2022年7月7日発行[https://www.works-i.com/research/works-report/item/youthemploymentsurvey.pdf]
2)Wikipedia: エクステンデッド・リアリティ(2023年2月6日閲覧)[https://ja.wikipedia.org/wiki/エクステンデッド・リアリティ]
3)ジェレミー・ベイレンソン著、倉田幸信訳 『VRは脳をどう変えるか?仮想現実の心理学』 文藝春秋、2018年
4)Eskreis-Winkler L, Fishbach A. Not Learning From Failure-the Greatest Failure of All. Psychol Sci. 2019; vol.30: 1733-1744.

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